トマトのグラニュー糖がけ

 夜中に携帯が鳴った。午前三時である。持ち帰った仕事が長引いていた私はまだ起きていて、多少驚きながらディスプレイを見る。スパムメールでは無い。メールですらない。電話の着信だった。しかも、とまこ先輩から。こんな夜中に? もう明け方になりかけて居るというのに?
「はい、もしもし」
「りょ、りょう?」
 まさかこんな夜中に電話に出るとは思っていなかったのだろうか、私の名前を呼ぶ先輩の声は少し震えていて、掠れていて、泣き声のようだった。それきり何も言わない先輩に、受話器の向こうで時計がカチカチ言うのばかりが耳につく。こちらが何か言わないとおそらく進まない気がして、仕方なく話す。仕事はもう上書き保存して放った。
「どうしましたか、明日の仕事で何かありましたっけ」
「違うの、ごめん起こしちゃってごめんもう切るね」
「え、ちょっと」
 しきりに謝って、すぐに通話を切ろうとする先輩を私は引き止める。このまま切ってしまってはいけない。先輩が、電波の向こうで鼻をすする。泣き声が、耳に残る。
「良いんですよ、仕事してましたから。だから先輩、泣かないでください」
「泣いてない」
 隠しきれて居ない泣き声。少し笑うと、不機嫌になる。
「こんな時間まで何の仕事してたの」
「先輩が押し付けたんじゃないですか」
「二時間で終わると思って押し付けたのに」
「二時間で終わったと思ったら保存ミスしてパーです」
「ドジ」
「あ、笑った」
「笑ってない、もう、お前も笑うな」
 こうして他愛無い話を一時間ほど続けた。仕事はメールで先輩に飛ばしたら十分で終わらせてくれた。
 それから、週に一回は夜中に電話が来るようになった。その度に先輩は泣き声で、もしかすると今まではずっと一人で泣いていたのかしらと思い当たると私まで泣きそうになった。