トマトの鰹節和え

「伊予がすねちゃったじゃない」
 非難がましく呟いてみる。目線は書類に落としたまま。同じ種類の書類を点検していた後輩も、書類を見たまま答える。
「先輩の変わり様が急すぎるんですよ」
 好きです、と告げたあの晩から先輩は私にだけ、甘えてくれるようになった。口を突いて出た告白に自分自身が驚いた、あの言葉に先輩は軽くこう答えた。じゃあ付き合おう、気持ちが伊予にあるままで良いなら。
 それから滔々と説明された。伊予の、どこが好きか。見目、描く絵の美しさ、女の子としての女の子らしい性格。
「好きな人と付き合えたこと無いのよね、私」
 愛しいと思いすぎると、肌に触れたり、しゃべったりさえ上手くできないのだと。だから、向こうから告白された時ばかり付き合っていた、と。それで良いのなら、おそらく付き合っても伊予への対応は変わらないけれどそれでも良いのなら、付き合おうと。
「ただし、私の甘え方下手だから、しんどいよ」
 先輩が並べ立てるのは、私に諦めさせようとする言葉。けれど、ここで諦めるのは。
「良いです、全部、大丈夫です頑張ります」
 受け止めようと思った、この女性のすべてを。先輩はとうとう折れて、馬鹿だね、と自嘲気味に笑った。
 それから、先輩は甘えてくれるようになった。甘えといっても、今までと相対して少しだけだけれど、それでも嬉しい。伊予がすねたって、なんだって。
「ま、私は先輩が少しでも楽になるんなら何だっていいんです」
「馬鹿よねあんた、仕事出来るのに」
 書類をぺらぺらと私の倍速で片付けながら先輩は言う。この前は頼れるぐらいに仕事できるようになりなさいなんて言っておいて、何だかんだ言って信頼されているのかな、なんてうぬぼれる。
 甘やかな午後だった。