トマトマシュマロ

 もう三年も一緒に居る私にとって、とまこ先輩と亮ちゃんの関係の変化は見るまでもなく明白であった。二人にそれとなく聞いてみるけれど当然のようにはぐらかすから、どうにも仲間はずれみたいに感じてしまう。あの夜からだ。二人が、私を置いて二人きりで飲みにいったあの夜。二人だけの晩に、何があったんだろう。答えは手を伸ばせば手に入る気がして、恐怖する。知りたくない、知りたくない、全部知っているけど知りたくない。
 察しなんて本当は大方付いているのだ。おそらく、亮ちゃんが先輩を好きだと明かしたこと。
 前に言ったことがある、私とまこ先輩のこと大好きーって。それは先輩として尊敬と憧れと人として大好きだと言ったのに、亮ちゃんの表情はといえば嫉妬と焦燥のないまぜ。見ただけで分かるよ、もう三年も一緒だもの。あの表情で亮ちゃんの気持ちに私は気付いてしまった。寂しいな、言ってくれれば背中を押してあげるのに。いや、私など無くても一人で一歩を踏み出せるんだ。やっぱり寂しい。
 向こうのデスクで書類の打ち合わせをする二人の、少しだけいつもより開いた距離と、近寄った瞬間に離れる磁石のS極とN極みたいな動き。普段は冷然としている先輩の、少し甘えた仕草。前なら自分で淹れるコーヒーを、何のわだかまりも無く亮ちゃんから受け取る自然さ。他の人ならなんら分からないであろうほんの僅かの違いでも、ほんの僅かだからこそ、気付ける私は悲しい。
「伊予、ちょっと来てここのデザインなんだけど」
 とまこ先輩からお呼びが掛かる。ポスターのデザインは私の仕事。壊滅的とまで言ってもいい絵心が無いとまこ先輩に、唯一私や亮ちゃんが役に立てる部門だから張り切ってしまう、いつもなら。けれど妙な距離感の二人に近づくのがどうしても嫌で、私は聞こえないふりをした。子供みたいに愚かしい。
「伊予ってば、呼んだのに」
 本当に聞こえなかったと思ったのか、とまこ先輩が私のデスクまで歩いてきた。ああ、もう、なんて愚かしい。
「ふぇ、ごめんなさい聞こえませんでした、何です?」
 白々しい演技を見抜かずにポスターの草稿を提示される。受け取って、赤で修正が入った部分をすぐに直す。すばやく走る手元を、いつもの様に先輩はじっと見ていた。紙にインクが乗っていく様が魔法みたいじゃない、と先輩は言う。魔法なんて使えませんよ、先輩。私は、亮ちゃんみたいに先輩を変えてはあげられませんから。