トマトピューレ

 揺れる頭が落ち着いて、後輩が泣き止んだ頃、やっと終電が無い時間だと気付く。どうやって帰ろうかと焦る後輩が可愛くて可愛くて、泊まっていけば、の台詞がどうしようもなく震えてしまった。
 やっと酔いが収まったばかり、ベッドから立ち上がる足つきもふらついて後輩に止められるほど。お風呂を沸かすのも面倒で、後輩にはシャワーだけにしてもらった。私は明日の朝で良い。ベッドに寝転がったまま後輩のシャワーが終わるのを待つ。脱衣所の扉の向こう、彼女が服を脱いでいるのだろう。ガラガラと扉を開ける音、艶かしくまことしやかに頭の中に浮かぶその姿。ごろん、寝返りを打って額に手を当てる。どうして純粋に思うだけじゃ居られないのだろう。幼稚園児みたいに恋がしたい。キスでハッピーエンドを迎えられると信じていた幼い頃のように、純粋に相手を思いたい。シャワー音に高鳴る脈拍。血管が波打つのを直に感じられる。酔いなんかじゃ誤魔化せないほど私の顔は赤いだろう。
 扉の奥から聞こえる水温を紛らわせようと、よろめく足取りで立ち上がって、冷蔵庫を開けトマトジュースを取り出す。どろりと重い赤い液体を喉に含むと、火照る頭が冷えてきた。缶の半分ほどを飲み干して、それをテーブルに置いたまま、さっとスーツを脱いでジャージに着替える。そして戸棚から新品の下着と、パジャマ代わりのジャージ、バスタオルを取り出して脱衣所の扉を開ける。途端、大きくなる水温と脈拍。
「タオルと下着、ここに置いとくよ」
「あ、はい、ありがとうございます」
 畳まれた彼女の服の上にさえ浅ましい私は視界が眩む。脱衣所を出て、ふらり、ベッドに倒れこむ。上手く回らない頭で、どこに彼女を寝かせようかと考える。一人暮らしの部屋、余分な布団なんて無い。一人がけの椅子は寝るのには小さすぎて、ソファなんて便利な物も無い。床に寝かせる訳にもいかない。
「パジャマぴったりでした」
 濡れた頭を拭きながら出てきた後輩に、私はまた震える声で告げなければならない。
「ごめん、狭いけどベッド半分こで良い?」
「もちろんです、先輩のお邪魔でないなら」
 にこにこと微笑む後輩、始めて見る化粧を落とした顔。先ほど泣いていた目はもうその跡すら残していない。私が思い焦がれる相手が後輩だと告げたなら、優しいこの子はどんな反応をするだろうか。試してみたい気が無いではないけれど、そんな危険を冒すほど酔ってはいない。
 失礼します、と傍に寝転んだ後輩に、この脈拍と不埒な思いが伝わらなければ良い。この気持ちはずっと秘めたままで、時々は胃を荒らすのだ。
 疲れていたのだろうか、おやすみを言う間もなく後輩は寝息を立て始めた。私も酔いが覚めない内に寝てしまおう。
「おやすみ」