トマトのシーザーサラダ

「とまこ先輩今夜時間あります?」
 たたたっと寄って来た伊予は何気ない風に私に尋ねてきた。
「母が有名なフレンチレストラン三ヶ月前から予約してたんですけど、風邪引いて行けなくなっちゃって。勿体無いからって譲ってくれたんですよ」
 二人分しか無いので亮ちゃんには内緒で、と誘う笑顔に、私が逆らえる筈も無く。気付けば二人で一万円のコースを平らげていたのだった。値段どおりとても美味しかったので不満は無いけれど。
 そして、食後。やたらと崩しにくいデザートを食べた後だった。
 緩やかな表情の変化、深刻な顔をした伊予に、やっと私は本題が違ったのだと気付く。運ばれてきた、紅茶の苦味を含んだ香り。
「あの、先輩、前に片思い中だって言ってたじゃないですか」
「ああ、そういえば言ったね」
 何を伊予は聞き出そうとしているのだろう。つい、警戒する。だがその警戒すら遅かった。たぶん、この状況がもう駄目だったのだ。紅茶に手をつけようとして、失敗する。
「それって、亮ちゃんですか」
 的外れだとは笑えなかった。気取ったのだ、この子は。私と亮の関係を。そしてそれを確かめるためのこの席なのだ。伊予は、砂糖もなしでミルクを入れた。
「……違うけど」
「なのに亮ちゃんの告白に応えたんですか」
 畳み掛けるように、むしろ責めるような口調だった。それで私は一瞬、息を詰まらせる。ああ、美しい顔が、私に問いかける。私が目を反らしていた事象。甘え下手な私の、初めてとも言える甘え。
 伊予は、紅茶を優雅にすする。息をついて、姿勢を立て直す。私の顔を見て、少しだけ焦った表情。
「ごめんなさい、先輩。責めるみたいに……。亮ちゃんが先輩を好きで、先輩も亮ちゃんを好きで、それで上手く行ってるなら祝福しなきゃなって思ったんですけど」
 なんか寂しくって。歪む笑顔に、私の胸は締め付けられる。亮に甘えて、伊予に気持ちを寄せながら蔑ろにして。ああ、でも愚か過ぎる私の頭の中は伊予の、泣き虫の伊予の今にも泣きそうな表情でいっぱいで、亮のことなんてもうまったく残っては居なかった。