トマトのローストチーズ焼き

 もう習慣づいた所作で携帯電話をいじる。何時だとか時計を見ることは無い。彼女が許してくれたから。甘え方を知らない私に、限度を教えず甘えさせてくれる彼女。おずおずと暗い部屋の電気のスイッチを探すように、少しずつ私はわがままを覚えた。
 そうして、月に一度の深夜の電話が、月に二度になり、週に一度になり、履歴には一人の名前しか無かったから、気が緩んでいたんだろう。その日だって電話の向こうには彼女が待っていて、いつもの調子で、またですか先輩、なんて嬉しそうな声が聞けるはずだったのだ。なのに。
「もぅしもぅしーとまこせんっぱいですかぁーこちら伊予でふおはようございまふ」
 携帯が受信した電波は、ぜんぜん違う声を届けてきた。寝ぼけた、今起きたばかり、安眠を邪魔されたといわんばかりの伊予の声。そこでやっと私は携帯の画面を見た。ああ、なんて失敗! 午前三時に伊予に電話するなんて。せめて声だけは冷静であらねばと思う口は素っ頓狂なことを喋りだす。
「ああ伊予、おはよう。明日の会議の資料なんだけど出来てる? 今日まとめといてって言った奴」
「出来てますし出来てますって先輩に昨日伝えましたーもう先輩今まで仕事してたんですか今もう午前三時ですよお肌ボロボロになりますよ」
 努めて平静を保つ、そういうのは仕事の場面でのハプニングだけだと思っていたのに、プライベートで使うなんて。けれどさすがに仕事の経験が長いだけあって、電話の向こうも納得してくれたようだ。納得しないまでも早く切って寝たいのだろう。申し訳ない。
「もしかして寝てた? ごめんね仕事してたら時間感覚無くって。ごめんまた明日」
 早口で言って、こちらから通話を切る。ああ、なんて間違い!
 甘えすぎなのかも知れない。だめだわ、とため息をついて、もう亮に電話するのも止めにして、寝てしまうことにした。