神様にお祈りする少女みたいじゃない関係

 もう十五分も中に指を浸したままだったから、すっかり白くふやけてしまった。喘ぎに喘いで恨めしそうな顔が一番色っぽくてそそるだなんて彼女は知らなくて、もしくは知っているからこその顔をしていて、分かっているからこそ私もその視線の先に白くふやけた指をかざす。すると梅雨時期に洗濯物を部屋干しするぐらい不快そうに、「やぁだぁ、いぃじわるぅ、とでも言えば満足する訳、朝子は」と挑発の声。荒い息で粋がっても綺麗にしか見えないよ。
 彼女とえっちぃ行為だけを目的とした関係を続けて結構な年月が経つ。メールアドレスと病気は持っていないと言う検査結果しか知らない。多分名前は未知と名乗っているけれど偽名だろう。私の朝子も偽名。お互い恋心なんて青い春的な、例えて言うなら甲子園で九回裏ツーアウト満塁、観客席で踊るチアガールと熱演するブラスバンドに挟まれて神様にお祈りするセーラー服の少女のような、そんな陳腐な関係ではない。もっと即物で俗物な、性欲処理の為だけにその手のバーで知り合ってその日の内に、というかそのバーのW.C.、ウォータークローゼットで深いキスと身体の奥の掻き混ぜあいをして互いの腕を確認してからホテルに行って続きをする、そんな経緯のある二人。あの頃から彼女も私もえっちぃ行為に関しては巧かったけれど、双方他にも色々な経験をして今では更に巧くなってマニアックさも増していやらしいことをいやらしく出来るようになった。でも互いのことはルールのように、決めてもいない不文法として聞かなかった。恋人がいるのかとか仕事だとか住所だとか名前だとかプライベートは一切知らない。悩みがあるとかどんな本を読むとか音楽はクラシックかラップならどっちを選ぶかとかパーソナルについても話した記憶は皆無だ。どうでもいいのだ。ただ、いやらしい事をする為だけの相手。
 異性ではないからセックスと言う言葉を私たちは好まなかった。やーらしいこと、とメールすれば大抵の場合通じたし、でなければ会いましょうと伝えれば、私たちが会う理由はえっちぃことしか無いのだから意思疎通には十分だった。最近は会う回数が増えている。私の方は恋人と別れて、仕事が忙しく新しい相手を見つける暇が無いから彼女を誘っているのだけれど、私の誘いとほぼ同回数彼女からも誘いが来る。私の誘いと同程度増える、互いに切磋するように増えていく誘いのメール。彼女も恋人と別れたり忙しかったりするのかしら。それとも、それとも。
 目の前であんあん腰をくねらせる綺麗な肢体に集中できないほどに、その仮説は重要かつ有益である。考えに耽っていると気付かれないように、もう十分に拒まない中に指を絡ませ、好い所だけを避けて触る。それでも気持ちよくなれるんだからもっと嬉しそうな顔してよ。整ってはいない綺麗で可愛い顔。表情だけがナンセンスな、美しい造形。自分のものにしたい。「会おうよ」、一言のメールを送るたびに募った思い。好きとか恋愛とか愛してるだとか大事だとか大切にしたいだとかそんな青臭い思いは無い。ただ、自分のものにしたい。
「もう、そろっそろ疲れてきたんだけど」
 大きくない胸に大きい胸を押し付けて感じる部分を擦り合せていると、彼女が文句を吐き出す。わずかに中へ中へと引き込む方向へ痙攣する肉、仕方ないね、そろそろ気持ちよくしてあげる。だから。
「そうだよね、もうお互い疲れてきたよね」
 ずっと触れていなかった、一番快楽に近いそこに指を当てる。耳元で囁きながら、彼女の身体を弄ぶと、代わりに彼女の手も私に伸びてくる。
「私本当は夕子っていうのよ」
 吐息を多くしながら、言う。今まで隠してきた本当のこと。隠せない体は昂るままに昂らせて、迸る熱に焼かれながらどろどろに蕩けた頭で。彼女は突然の告白に戸惑うかと思えば全くそんな素振りは見せず、数十年も前から予定していた筋書のように笑って、背を仰け反らせて、一言つぶやく。
「ちか、」
 衣擦れの音と汗と液体がぐちゅぐちゅと立てる音で遮られて、ぶっ飛んだ頭では鼓膜の振動も巧く電気信号に変わらない。分からないからキスをして、軽く軽く触れ合わせてから顔と顔を零距離を保つ。
「ちかって、呼んで、イって」
 鼓膜に近くして、彼女は耐えながら零して、その後はやっと本当を紡いだ唇を合わせて、ちか、ちか、ちか、なんて舌の上で転がしたら、ゆーこ、ゆーこ、なんて返すから余計にとろけてしまって、数瞬、もしくは数時間かけて私たちはえっちぃ行為で一番に気持ちいい感覚を味わった。
 全部終わった後、知佳というのだと知れた彼女は自嘲気味に笑って、馬鹿みたいね私たちと言ったから、終わりが良ければいいのよと返したら、やっぱり馬鹿なんじゃないとどうしようもなかったけれど幸せみたいな気分がして彼女も幸せに似た表情だったからいいのだろう。相変わらず恋人がいるのかとか仕事だとか住所だとかプライベートは一切知らないし、悩みがあるとかどんな本を読むとか音楽はクラシックかラップならどっちを選ぶかとかパーソナルも全く知らないけれど、これから知っていけばセフレから先の関係が築けるのだろう。
 表情のナンセンスが消えた彼女は、とてもとても美しかった。