ファットブルーム

 一夏を越したチョコレートが、白く固まっていた。品質の変化、味の劣化、ファットブルーム。
 部屋の隅の小物入れに、大切に仕舞い込んであったセロハン包みの小さなチョコレート。春の終わりにあの子に手渡されて、甘い菓子を手の平移しに貰った時、掠った十そろえの指がしなやかで、とてもとても食べられなかった。そうして勿体無いなんて日本人の美徳を尊重して奥底に丁寧に入れて、大切に大切に思い過ぎて夏が過ぎるまで自分からさえも隠してしまった。
 秋が終わろうとしてようやっと見つけられたチョコレートは白く変色してしまっていた。品質の変化、味の劣化。セロハンを剥がして、表面をなぞる。あの時あの子が触れた熱はもう欠片も残っていなくて、私の指では溶けもしない。滑らかな白さ、したたかと言うべき硬さ。茶であった過去よりも少し膨らんで、角が丸くなった四角い塊。
 白色を、セロハンに戻すのも寂しくて、唇に付ける。前歯で挟むと悲しいほど容易に割れて、下に落ちた欠片、チョコであってカカオが抜けた味。甘すぎる苦味。
 チョコレートと同じように、私の恋も変化や劣化、白く固まってしまうのかしら。せめて口の中に溶けるそれと同じで、少しでも甘くあればいい。頬を伝うそれと違って、塩辛さなんて要らないから。