こぼれない雨

「安い小説が読みたいなぁ」
 雨の降る中、彼女は言った。余りに高い梅雨の湿度が彼女の瞳にまで水分を溜めたかのようだ。溢れ出しそうな瞳。
 持っている本ならば貸してあげる、と私は相槌。
「報われない片思いの話、が良い」
 呟く唇が震えて声が声になっていなかった。雨の残響に掻き消されて、ともすれば消えてしまいそうだ。
 悲恋が良いの、と彼女は言う。少女漫画や恋愛小説、それらのように美しい幸福で終わる話は要らないから、と。
 良いわ明日探して持ってきてあげる、私の言葉に綻ぶ表情。嗚呼、和らぎなどしなくて良い、泣いちゃえばいいのに。
 いっそ涙が浪々と溢れれば本だけじゃなく胸もハンカチも差し出せる。なら慰める事だって諦めさせる事だって出来るのに。
 唇を噛んで閉じ込めた水分はいつか濁って心に溜まっていくのだ。
 そうして、膨れたエイチツーオー、破裂して飛び散った破片が片恋の相手に当たって一筋の苦しみだけでも味わえばいいと私は願う。