方向音痴

「いつまで方向音痴気取るつもり?」
 彼女の目は、全てを見通している様で嫌いだ。本当は何も知らないブラフの癖に。人を恋しがって、人を求めるのは、人間にとっては普通でしょう? 人間は人の間でしか生きられないんだから。分かりきった事を、見通す様に、言わないで。
「道に迷った振りすれば、誰かが探しに来るもんね」
 幼い頃から誰にも愛されなかった私が、周りの人々から一時の時間を貰う方法。怖かっただけ、恐かっただけ。独りになるのが怖くて、一人はぐれた。皆が私一人を探してくれる。面白半分に皆を一人占めしている内に、癖になってしまった。
「次からは一緒に行動しましょう、か」
 そして私は一人じゃなくなる。愛されていなくても、誰かに手を引かれて歩く様になる。握った手は、間違い無く私の物なのだ。愛情が欲しいんじゃない、所有欲が旺盛なんだ。
 元から分かっているくせに、わざと僕を見透かした風に言うのは止してくれないか。もう、方向音痴は直らない。物欲の為に、感覚を捨てたから。捨てた物は戻らないのに。
「生憎、私はガキの子守は苦手でね」
 一人先へと行ってしまうあなたが、どうしようもなく愛おしい。これは単なる所有欲。人に盗られてしまうのが惜しいだけだ。愛情なんてまやかし、私は信じちゃ居ない。だから、望みもしない。
「で、この手は何よ」
「何でも無いです、迷うといけないので」
 服の裾を子供みたいに握り締める。
 まだ、愛情を求めていないと言う?
「ったくさ、遠回しに行動で示されても解んないの! はっきり寂しいって言え!」
 頭を撫でる彼女の愛情表現は全く乱暴で、でもその手はやさしかった。やわらかい胸に顔を埋めて、抱き締めたいと思う。プライドが許してくれないけど。
「方向音痴舐めないで下さい!」
 可愛くない私は悪態を吐き。
「他人の体内コンパス狂わせる方向音痴なんて聞いたことねえよ!」
 そして墓穴を掘る。迷子の私を迎えに来た彼女共々、帰る道を間違えて迷子中。難しい会話も気を紛らわす為のもので、一向に見えてこない帰路への苛立ちの隠しで有ったりする。
「ちょっと聞いてくるから、あの角で待ってなさい」
 しかし走って行く貴方の言葉は例え戯言でも核心を突いている。
 それがとても、快く、痛い。