頭上に頂く


 カチカチカチカチ。
 五時間目、お腹いっぱいで三大欲求の一つを満たされてもう一つの欲求が遠慮なんて感じずに自己主張してまぶたを必死で地に落とそうとする。教壇に立つ教師の緩やかな声の波形は欲求をますます加速させて、今日は木曜日だからおそらく数式を解いているのであろう黒板の文字さえ虚ろに見える。外から聞こえるのは体育教師の吹く笛の音だけ、抵抗する術は限られていて、私は一心不乱にシャープペンシルの芯を出すと言う無意味な行為に勤しんでいる。眠気を覚ますために、苦手な数学をどうにか板所する為に。以上誰に向けるでもない建前。
 本当は全然眠たくなんて無い上にいっそ眠ってしまいたい気分だ。不埒な妄想が頭を駆け巡っているのだから。
 カチカチカチカチ。
 シャープペンシルを幾らノックしても、不埒な妄想は止まらない。
 それを知ったのはつい先ほどの昼休みのことだった。部室で昼食を取って、予鈴の音で部長に部室から追い出され、自然一緒に並んで先輩と教室に向かう過程。同じ校舎で、自分より多く階段を上る先輩。
「普通なら上級生が下階に居るべきだと思わない?」
 ため息をつきながら先輩は階段を上る。
「上級生を上に頂けって事じゃないですか」
 尊敬してますよ、なんてふざけたら、先輩が思わぬ言葉を言った。
「頂け頂け、あたしちょうどお前の頭上に居るものね」
 え、と聞き返すと、あたしもお前も窓際最後尾でしょう、と返される。教室の位置取りが同じだったことや私の席を先輩が知っていたのも驚きだけれど、しかし、それ以上に。
 頭上で今先輩は授業を受けている。確かだるいだるい物理の授業だと言っていた。真面目に不真面目な先輩のこと、物理教師のおじいさんの声を聞きながら、居眠りでもしているのだろうか。それとも適度にノートを取っているのだろうか。ルーズリーフに落書きだの、友達同士で回していたりするのだろうか。
 カチカチカチカチ。
 知らない先輩へ少しの嫉妬、貧乏ゆすりみたくシャー芯を出しては入れる無限ループ。
 もし透視なんて出来たなら、なんて嗚呼馬鹿らしい不埒な妄想。ねぇ愛しい先輩、今何してるの。同じ日差しを浴びながら、少しだけ違う視界、高さの分だけ開いた距離。運動場で、笛の音が響いて、同時に始まるざわめき声とボールのバウンド音。
 いつもと変わらない木曜の午後、それが少し特別に思える私は、どうか席替が永遠に来ないようにと、シャープペンシルを放り出した。